ベーシックインカムは日本で実現するのか? メリットは?

希望の党が公約にあげたことでにわかに注目を浴びているベーシックインカム。何もしなくても月々、一定の額が貰えるという耳触りの良い画期的な施策である。

しかし、本当にそんなにうまい話があるのか? 財源はどうするんだ? そんなことをして日本は破綻してしまうのではないか? さらには、ベーシックインカムに食いつくのは低所得者のみ、といった反対意見も多く聞かれる。果たして、ベーシックインカムとは絵に描いた餅、もっといえば、票取りのための夢物語なのだろうか。まずは、実現可能かどうかを見ていきたい。

ベーシックインカムの話になると必ず出てくる「財源がないでしょ?」という意見について

財源はある。「希望の党がベーシックインカムを公約に。ベーシックインカムは実現するのか? 」の記事を参照されたし。

ベーシックインカムに関する議論をすると必ず出てくる「財源ないでしょ? 財源はどうするの?」という意見はすでに解決している。財源の話を俎上に上げるのは、もともとベーシックインカムに興味がないか、一律誰でもお金が貰えるということに反発している方々ではないだろうか。

将来何の役に立つのか分からない受験勉強もしてきて、社会に出てからは嫌な思いも我慢してきて、やっと手に入れた安定。その安定を、なぜやすやすと手に入れられるのか。現在、必死に働いている会社員からしたら最もな意見である。

とはいえ、冷静に考えれば、健全な状態とはいえない。嫌な思いをしなければ、本当に必要最低限の安定は得られないものなのだろうか。その時々の時勢によるのかもしれないが、少なくとも、現在の日本国憲法では、健康で文化的な最低限度の生活を送る権利を、日本国民は有するとある。

しかし、これは憲法の話であるから、まさに机上の論になりかねない。憲法にこう記されているからこうしなさいと言われても、心情的には到底納得いくわけがない。

では、なぜベーシックインカムが必要なのだろうか?

いいから、好きなことしようぜ。別に何にもしなくてもいいし。

私は学生の頃にテスト勉強をしっかりとしてきた。勉強は好きではなかった。将来への漠然とした不安が駆り立てていた。同じような人は少なくないのではないだろうか。

その、不安がなくなるのがベーシックインカムである。と言い切ってしまうのは暴論である。月々、たかだか5万円から7万円の収入が入るからといって、割り切って自分の好きなことばかりを勉強する子どもは、たとえベーシックインカムなんていう制度がなくても、いつの時代でもそうしていただろう。だから、好きなことに熱中できるからベーシックインカムは有効というのは表層的といえる。

では、誰のためのベーシックインカムなのか。それは、まさに将来の漠然とした不安のために暗中模索で戦ってきた真面目な方たちに有効な制度であると思う。

わけの分からない受験勉強をする、理不尽な上司の叱咤に唇を噛みしめる。そうして生きてきた人たちに、全く別の、つまりは、「好きなことしてもいいんだよ」という新たな道を提示してあげられるのが、この施策ではないかと思う。

真面目だけに、世間からの目もあるし、自尊心もあるから生活保護は受けられない。さらに、先のことを見通し、最悪の状況を想定できる頭があるから、たとえ「これで食べていけたら幸せだろうな」と思っても、単に思うだけである。もっと言えば、選択肢が元よりないから、思いもしないかもしれない。

そこで「いいよ。大丈夫。最低、5万円から7万円はずっとあげられるから」と言ってくれるのがベーシックインカムだ。それだけでは生活できないというのは認識が甘いとしかいえない。保証してくれるのは必要最低限だけである。5万円から7万円で生活できるかどうかではなく、その中でやりくりしていくしかない。言わずもがな、家賃の低い地域に住み、贅沢をしなければ生きてはいける。勝手放題、好きなことをしていいのだから、それは苦ではないのではないだろうか。

ベーシックインカムのメリットをあげていけば、もっとあるのかもしれないが、この、最悪でも死にはしないし生活保護を受ける必要もない、という点が大きい。将来に対する漠然とした不安という課題を解決する手立てになり得ると思う。

男性の条件に「安定」を求めてきた女性は、自身に必要最低限の安定が確保されたとき、何を考えるか

これは完全に閑話。読み飛ばしオッケーです。

誰もが知っている会社に勤めている人は、「お~○○に勤めているんだ。すごいね」と言われるし、すでに一生暮らしていけるだけのお金を持っている人も羨望の眼差しを向けられる。

しかし、お金とは、そんなにも魅力的なものなのだろうか。お金というよりは、その先にある安定的な生活を見ているのではないだろうか。

お金とは、洋服を買ったり食事をしたり家を買ったりするためのツールでしかない。では、洋服をたくさん買える、良いものがたくさん食べられる、良い家に住めるということに、どれだけの魅力を感じているのだろうか。なるほど、そうした欲求が強い人もいるかもしれないが、市井の人々はそこまで、良い家に住みたいとか、贅沢がしたいと思っていないと思う。つまり、贅沢な暮らしがしたいのではなく、「将来、お金に苦労しない生活」を欲しているのではないかと思う。だから、最低限の安定を確保された社会では、お金というステータスは、その価値を下げるのではないかと思う。

女性が男性に求める条件とはなんだろうか?

現在ではお金や収入は、「年収1000万円以上」という言葉に無意識的に惹かれてしまうように大きなウェイトを占めている。

しかし、家庭の幸せとはなんだろうか。豪奢快楽を求めている人は、本当に多いのだろうか。いや、むしろ「質素だけど、幸せな家庭が築きたい」と思っているのではないかと思う。

お金が入ってくる人は、たしかにバイタリティがある、運が良いといったことがいえるかもしれないが、それは単に特徴である。そういう人間であるということだけだと思う。

むしろ、幸せな家庭が築けるのは、優しいとか、自分と一緒のところで笑えるとか、顔が好きとか、そんなことではないだろうか。

お金、つまり、安定という未来への不安が解消されていれば、余計な判断材料は加えずに、その人のありのままを判断できるようになるのではないだろうか。

まとめ

電気自動車メーカー「テスラ」と、民間宇宙企業「スペースX」CEOで世界的に有名なイーロン・マスク氏は「自動化によって仕事が少なくなってくることを考えれば、ベーシックインカムは必要だろう」と話している。

同じようにFacebook創始者のマーク・ザッカーバーグ氏はアラスカ州の事例を挙げてベーシックインカムを肯定的に捉え、「精神的な勝利を作り出した」と話している。

戦後の復興期、1960年代の高度経済成長期、1980年代のバブル期と右肩上がりだった日本は80年代後半から90年代初頭にかけてのバブル崩壊から低迷が始まった。その後、失われた20年と言われる低迷期を過ごし、現在は回復傾向にあるというが、足元の景気は回復したとしても、これからGDPが目覚ましい成長を遂げて世界を牽引する経済大国になると思っている人は少ないのではないだろうか。

変化は怖いものだが適者生存という言葉もある。閉塞感を打破する変化の一つにベーシックインカムを挙げても荒唐無稽とはいえないだろう。

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