夢の中でうまく走れないのはなぜなのか?

いい年こいて夢をよく見る。いや年齢は関係ないのかもしれないが。

なぜか追いかけられている夢もけっこう見る。そんなときにうまく走れない。ふわふわと地に足がついていない感じがしたり、体が重くて動かせなかったり、体の動かし方がよくわからなくなったり。

これはなぜなのだろうか? というかこれは私だけなのだろうか。調べてみた。

ちょっと検索しただけで、多くの「夢の中で走れないツイートが出てきた」。やはりうまく走れない人は多いようだ。では、これはなぜだろうか。いくつかの説が存在するので一つひとつ見ていきたい。

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なぜ夢の中だとうまく走れないのか?

寝ているときは足がついていないから説

走る=地面を蹴る。しかし、寝ているときは横になっているので蹴る地面がない。だから、脳が走るイメージができないというのがこの説だが、なんだかしっくりこない。これが正しければ、夢の中の運動性能は寝ているときの体勢に少なからず依存するということになるので、他の歩く、ジャンプするといった運動もやりずらくなって然り。が、そんなことはないように思う。この説は保留。

布団がかかっているから説

布団がかかっているから足がうまく動かせない説。足を動かしたくとも、現実では布団で足に負荷がかかっているから動かせないというわけだ。

なるほど、フロイトによれば夢を構成するものの一つには外的刺激があるという。例えば、外で車のクラクションが鳴れば夢でもクラクションが鳴ったり、つけっぱなしのTVの内容が夢の中でも出てきたりといったものだ。

しかし、外的刺激は必ずしも夢に大きな影響を与えるものではなく、きっかけに過ぎないという説もある。外的要因から夢が派生していくことはあるが、飽くまできっかけであり、支配されることはないというわけだ。事実、布団がかかっていても、なぜだか今回はうまく走れるなというときはある。逆に、私の場合、夏場は布団をかけないのだが、そんなときでもうまく走れなかったり、走ろうとして転ぶ夢を見ることはある。一つの要因ではあるかもしれないが、十分ではないようだ。

処理速度が追いつかない説

現実世界では、走れば周りの風景も変わっていく。この風景の移り変わりを脳内でも再現しようと脳が働くが、その処理速度が追いつかなくてゆっくりになってしまうという説だ。

なんとなく理にかなっていそうにも思えるが、しかし、この理屈では自動車に乗っている夢だととんでもなく遅い自動車になるし、飛行機や飛んでいる夢も然り。

飛んでいる夢は何回か見たことがある。うまく飛べないときもあったが、ときには、ビュンビュン高速で飛び回ったこともある。もしかしたら、飛んでいるときや自動車に乗っているときには、早すぎるから周りの風景も適当に処理しても良いと脳が判断しているのかもしれないが、何だか腑に落ちない。

ストレスで心が重くなっているから説

世の中には夢占いというものがある。その一説では、うまく走れないのはストレスを感じているから夢の中でも体が重くなってしまうという。確かに分からなくもないが、病気然り体に現れる症状然り、わからないものは何でもかんでもストレスのせいにしてしまう風潮がある。もしかしたらストレスが原因なのかもしれないが、何だかしっくりこないので保留。

そもそも起きてるときも、想像の中ではうまく走れない説

これはシンプル。頭の中で走る姿を想像してみよう。私の場合は、夢の中ほどとはいかないが、何だかうまく想像できない。そもそも起きている状態でもうまく想像できないのだから、夢の中でも当然というわけだ。単純な理由にも思えるが、確かに上手にイメージができないし、ある事象を説明するときにはシンプルな方が良いというオッカムの剃刀という言葉もある。これが夢でうまく走れない理由だろうか?

バック走では速く走れる

そもそも想像できない説の信憑性を高めるものに、夢の中でもバック走であれば速く走れるというものがある。想像してみよう。確かに、前に進んで行くよりも、後ろ向きに走る方が地面にかかとがしっかりとかかる感じがしてイメージしやすい。同じように夢の中でもバック走であれば速く走れるという。

まとめ

夢の中で後ろ向きに走るのを試したことがない。今度試してみたい。しかし、明晰夢しかり夢へのこだわりは、現実から逃避したいときに見られる傾向の一つという。ほどほどに試したい。

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